聖書研究ガイド(個人研究用)
礼拝メッセージ
題:「敬神の人」(33分) 250906 説教者:高﨑憲文 聖書朗読:使徒行伝16章11~15節 瞑想の言葉:E・G・ホワイト「患難から栄光へ」上巻 第21章 「『マケドニヤに渡ってきて、わたしたちを助けて下さい』……この召しは延期を認めぬ命令であった。『パウロがこの幻を見た時、 これは彼らに福音を伝えるために、神がわたしたちをお招きになったのだと確信して、わたしたちは、ただちにマケドニヤに渡って行くことにした。そこで、わたしたちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着いた。そこからピリピへ行った。』」 始めの讃美歌 :希望の讃美歌122番 終わりの讃美歌 :希望の讃美歌383節
礼拝メッセージ
題:「自分の心を守れ」(39分) 250906 説教者:伊藤 滋 聖書朗読:箴言4章23節 瞑想の言葉:フィリピの信徒への手紙4章6、7節(新共同訳) 「何事も思い煩ってはなりません。どんな場合にも、感謝を込めて祈りと願いを献げ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超えた神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスにあって守るでしょう。」 始めの讃美歌:希望の讃美歌120番 終わりの讃美歌:希望の讃美歌383番
礼拝メッセージ
題:「燃え尽きない秘訣」(35分) 240601 説教者:花田憲彦 聖書朗読:使徒行伝20章22~24節 瞑想の言葉:E・G・ホワイト「手紙」182、1901年 「神の愛をしっかりと、素直に認めて、キリストの手をとり、強く握りしめなさい。あなたがキリストの手を握るよりもずっと強く、キリストはあなたの手を握ってくださる。」 始めの讃美歌 :希望の讃美歌28番 終わりの讃美歌 :希望の賛美歌268番
十字架の愛に応答する
あらゆる悲劇には、被害を受けた人と生き残った人がいます。あなたの家は高台にあり、目の前に見える家々が洪水で流されてしまったにもかかわらず、あなたの家だけは無事だったかもしれません。あるいは、戦争が始まる直前に家族とともに別の国へ移住し、故郷に残った人々が苦しんでいることを知ったかもしれません。悲劇や大きな苦難を生き延びた人は、自分だけが無事だったことに対して、「自分だけが助かったのは申し訳ない」と感じることがあります。このような「生存者の罪悪感」は 実際に存在するものです。暴力があふれ、自然災害や人為的な災害が絶えないこの世界で、クリスチャンはどのように応答すべきでしょうか。私たちが生き残ったのには、神様の目的があります。神様の力に信頼し、その使命を果たしていきましょう。飢えている人に食べ物を与え、必要な人に衣服を与え、孤独な人を訪ね、住む場所を失った人を助け、悲しむ人を愛しましょう。そして何より、イエス・キリストを紹介するのです。
聖書研究ガイド(個人研究用)
十字架の愛に応答する
約四千年前、神様はアブラムに大きな祝福を約束されました。なぜ神様はアブラムを祝福されたのでしょうか。それは、彼が多くの人々への祝福となるためでした。アブラムは「祝福されるために祝福された」のではなく、「祝福となるために祝福された」のです。さらに約二千年前、イエスさまは弟子たちに、自ら受けた恵みを惜しみなく分かち合うよう勧められました。「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量をよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」ルカによる福音書6章38節イエスさまがこの言葉を語られて以来、真の弟子たちはこの教えに従って生きようとしてきました。使徒パウロは、富を持つ者たちに対して、「善を行い、良い行いに富み、物惜しみせず、喜んで分け与えるように」(テモテへの手紙一6章18節)、と勧めています。
聖書研究ガイド(個人研究用)
十字架の愛に応答する
1555年、ラティマーとドリーは殉教者として眠りにつきました。ドリーが処刑される前の晩、友人の一人が「今夜ずっとそばにいて慰めたい」と申し出ました。しかしドリーは丁寧にその申し出を断り、こう言いました。「神様の御心であれば、私は今夜、これまでの人生で最も静かに眠るつもりです。」どうしてドリーは、すべてを失おうとしている時に、そのような平安を持つことができたのでしょうか。なぜ裕福で健康な人々の中に強い不安を抱える人がいる一方で、貧しい人々の中に深い心の平安を持つ人がいるのでしょうか。私たちは人生経験を重ねるにつれて、平安とは「問題がないこと」ではなく、「神様が共にいてくださること」だと理解するようになります。真の平安は、外側の状況によるのではなく、心の内側にあるものなのです。完全な健康が必要なのではありません。大きな富が必要なのでもありません。理想的な 人間関係が必要なのでもありません。私たちは神様を見いだす時に、真の平安を見いだすのです。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピの信徒への手紙 4章6、7節・新共同訳)