Church Channelとはセブンスデー・アドベンチスト教会員向けに提供しているプログラムです。

セブンスデー・アドベンチストの教理をご理解の上ご利用ください。

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礼拝メッセージ230 祈りを教えてください

説教者:山地 悟  250412 聖書朗読:ルカによる福音書11章1節 瞑想の言葉:E・G・ホワイト「キリストの実物教訓」第12章 「イエスは、自分のためではなく、他の人々のために、生き、考え、そして祈られた。イエスは、毎朝神との交わりに幾時間かを過ごしたあとで、人々に天の光を与えるために出ていかれた。 イエスは、日毎に聖霊の新しいバプテスマをお受けになった。神は、新しい1日の早くからイエスの目を覚まし、彼の心とくちびるに恵みをそそがれた。それは、彼が人々に分け与えるためであった。」 始めの讃美歌 :希望の讃美歌145番 終わりの讃美歌 :希望の讃美歌355節

礼拝メッセージ229 あなたのため

説教者:島田隼人  250412 聖書朗読:ヨハネによる福音書3章14~17節 瞑想の言葉:E・G・ホワイト「各時代の希望」第78章 「人類の子らの1人 1人に向かって、神のみ子がこの不義の重荷を負うのを承諾されるのはあなたのためであり、死の支配をたちきって、パラダイスの門を開かれるのはあなたのためであると語っている。」 始めの讃美歌 :希望の讃美歌112番 終わりの讃美歌 :希望の讃美歌285番

礼拝メッセージ227 聖霊のバプテスマ

説教者:花田憲彦   240217 聖書朗読:使徒行伝19章5~7節 瞑想の言葉:E・G・ホワイト「患難から栄光へ」第27章 「パウロが『彼らの上に手をおく』と、彼らは聖霊のバプテスマをも受け、それによって、ほかの国の言葉を話したり、預言したりすることができるようになった。……これらの人々が、こうした経験を得て働き人として収穫の野に出ていくことができるようになったのは、謙遜で、素直な精神を持っていたからである。」 始めの讃美歌 :希望の讃美歌8番 終わりの讃美歌 :希望の賛美歌96番

与え主に感謝を!

十字架の愛に応答する

与え主に感謝を!

什一とは、利益や給料など「収入の10%」を神様の倉にお返しするという聖書の制度です。神様ご自身が聖書の中で明確に求めておられますが、キリスト教の中でも議論の的になることがあります。イエスさまご自身は、どちらも行うように教えられました。心から什一をお返しし、同時に正義と慈悲と信仰を行うことです(マタイ23:23)。また、神様はモーセを通して、「土地から取れる収穫量の十分の一は…聖なるもので主に属す」(レビ27:30,34)と語られました。神様が全ての与え主であることを心から信じ、喜んでお返ししましょう。そして、十字架で示された神様の愛を伝え、イエス・キリストの再臨を早めるために、私たちにできることを行っていきましょう。

忠実なスチュワー

十字架の愛に応答する

忠実なスチュワー

聖書は、この古い世界がやがて「過ぎ去り」、「新しい地球」がそれに代わって来ると、明確に繰り返し教えています。そのため、私たちは、「環境」のことはあまり気にしなくても良いのでしょうか? 確かに、私たちは神様から託された時間、才能、財産の忠実なスチュワード(管理者)として生きるよう召されており、それを実践することには大きな喜びがあります。 さらに素晴らしいことは、私たちが神様のすべての被造物のスチュワード(管理者)としても任命されているということなのです。 創世記1章26節にはこうあります。 「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう』」。 つまり、私たちは造られる前から、すべての被造物の管理者となるように定められていたのです。 神様が創造された美しい地球を世話することは、なんと大きな特権でしょう。 神様の被造物を含め、すべてのものの忠実な管理者として生きてまいりましょう。

ラジオから流れる福音

十字架の愛に応答する

ラジオから流れる福音

アドベンチスト・ワールド・ラジオ(AWR)は、宣教師が行けない地域にも電波を通して希望のメッセージを届け、人々の人生を永遠に変えています。ラジオは、政府の制限、文化的な反対、識字の壁、地理的な隔たりを乗り越える力を持っています。しかも、ラジオは世界中で最も安価で手に入りやすい技術のひとつであり、世界人口の大多数が利用可能です。AWRは、世界中の人々に向けて、キリストにあるアドベンチストの希望を、その人々の母語で伝えています。多くのスタジオは通信聖書学校も運営しており、リスナーと直接やりとりをしながら神様の美しいメッセージを届けています。AWRの目標は、世界で話されている200以上の言語で、神様の愛の救いのメッセージをすべての人に届けることです。この目標は、皆さんの献金による支援を通して現実のものとなります。私たちが献げる献金の一部が、世界総会の世界宣教基金を通してAWRに届けられます。

十分であること

十字架の愛に応答する

十分であること

収入や貯蓄について、私たちがよく自問する問いのひとつに「どれくらいあれば十分なのだろう?」というものがあります。これは非常に重要な問いです。 クリスチャンは、ある金額に達したときに「もう十分だ」と言えるのでしょうか。 退職プランナーたちは、快適な老後のために必要な貯蓄額や資産の価値について教えてくれます。しかし、キリストに心から従う者にとって、その金額は異なるべきではないでしょうか。 キリストの弟子にとって大切なのは「どれくらいあれば十分か」ではなく、「自分の『十分』を手に入れようとする努力が、主との関係の妨げになっていないか」ということです。 どうでしょうか。私たちの心と神様との間に、何かが入り込んでしまってはいないでしょうか。

礼拝メッセージ226 わざわいなるかな

説教者:藤田昌孝  240830 聖書朗読:マタイによる福音書23章13節 瞑想の言葉:E・G・ホワイト「各時代の希望」下巻69頁 「われわれの行為に性格を与え、これに不名誉もしくは高い道徳的価値の印をおすものは動機である。」 始めの讃美歌 :希望の讃美歌114番 終わりの讃美歌 :希望の讃美歌263節