Church Channelとはセブンスデー・アドベンチスト教会員向けに提供しているプログラムです。

セブンスデー・アドベンチストの教理をご理解の上ご利用ください。

新着動画

共に築く教会 (キューバ)

アドベンチストミッション(日本語オリジナル/吹き替え版)

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2026年1期

オーランドとビッグレスキュ (オーストラリア)

アドベンチストミッション(日本語オリジナル/吹き替え版)

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増え広がる種 (グローバル)

アドベンチストミッション(日本語オリジナル/吹き替え版)

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山の中の宣教学校 (パプアニューギニア)

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2026年1期

一本のつま先から、一歩ずつ(ソロモン諸島)

アドベンチストミッション(日本語オリジナル/吹き替え版)

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すべて持っている

十字架の愛に応答する

すべて持っている

弟子たちはイエスさまに尋ねたに違いありません。「主よ、本当ですか?本当に私たちを手ぶらで行かせたいのですか?金も銀も、銅貨さえもなしですか?バッグも替えの服もなしですか?えっ、サンダル一足さえもなしですか?!」イエスさまは答えられました。「そうです。ただ行きなさい。病人をいやし、病の人をきよめ、死人を生き返らせ、悪霊を追い出しなさい。」弟子たちは「何も」持たないように命じられましたが、イエスさまへの信頼によって「すべて」を持っていたのです。聖書はそれを「信仰」と呼びます。数年後、聖霊に満たされたペテロとヨハネが神殿に向かって歩いていると、足の不自由な男が施しを求めてきました。財布に一銭もなかったペテロの言葉には、神様への信頼があふれていました。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(使徒言行録3章6節)

特別報告:教団第39回定時総会

アドベンチストミッション(日本語オリジナル/吹き替え版)

特別報告:教団第39回定時総会

今年1月に開催された、セブンスデー・アドベンチスト教団第39回定時総会のご報告です。 前回はコロナ禍でのオンライン開催だったため、10年ぶりの対面で開催となりました。また今回は亀甲山教会をメイン会場として、2021年に新築された教団本部事務所や研修センターなど、横浜本部の施設で行われました。 本動画には、総会で選出された新役員の一言メッセージなども収録されています。 教団の活動をご紹介するアドベンチスト・ミッションの日本オリジナルの号外です。どうぞ、ご覧ください。

十字架に焦点を!

十字架の愛に応答する

十字架に焦点を!

聖書には、一見すると場違いに思える箇所があります。例えば、イエスさまが「体のともし火は目である」と語られたのは、「地上に富を積んではならない」「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」(マタイ6:19–24)といった、物質主義を戒める節のただ中でした。なぜこのような文脈で、目について語られたのでしょうか?私たちの地上の宝と、イエスさまの「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」という言葉は、私たちの「目」とどのような関係があるのでしょうか。イエスさまは、右目で天の宝を見つめながら、左目で地上の宝を追い求めるような愚かさを警告しておられるのではないでしょうか。そのような状態では、私たちは「焦点の定まらないクリスチャン」となり、永遠に価値ある事柄に対して、はっきりと焦点を合わせることができなくなってしまいます。両目をイエスさまの十字架に向け、はっきりと見据え、焦点の合ったクリスチャンでありましょう。

礼拝メッセージ223 女vs龍

251025 説教者 :柳 鍾鉉 聖書朗読 :ヨハネの黙示録 12 章1~4節 瞑想の言葉 :E・G・ホワイト「各時代の大争闘」第 39 章 「われわれの前にある苦悩と苦悶の時は、疲労と遅延と飢えに耐えることのできる信仰、すなわち、激しく試みられても落胆しない信仰を要求する。その時に備えるために、すべての者に恩恵期間が与えられている。 ヤコブは、断固として屈しなかったために勝利した。彼の勝利は、しきりに願い求める祈りに力があるということの実証である。」 始めの讃美歌 :希望の讃美歌 111 番 終わりの讃美歌 :希望の讃美歌 345 節

礼拝メッセージ222 神と出会える場所

250201 説教者 : 山地 悟 聖書朗読 :出エジプト記 29 章 42,43 節 瞑想の言葉 :E・G・ホワイト「各時代の希望」第 16 章 「キリストだけが魂の宮をきよめることがおできになる。しかし彼ははいることを強制なさらない。主は昔の宮にお入りになったようには心にお入りにならないで、『見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはい(る)』と 言われる(黙示録3:20)。主は 1 日だけのためにお入りになるのではない。『わたしは彼らの間に住み、かつ出入りをするであろう。……彼らはわたしの民となるであろう』と言われる(II コリント6:16)。」 始めの讃美歌 :希望の讃美歌 105 番 終わりの讃美歌 :希望の讃美歌 332 番