十字架の愛に応答する
あらゆる悲劇には、被害を受けた人と生き残った人がいます。あなたの家は高台にあり、目の前に見える家々が洪水で流されてしまったにもかかわらず、あなたの家だけは無事だったかもしれません。あるいは、戦争が始まる直前に家族とともに別の国へ移住し、故郷に残った人々が苦しんでいることを知ったかもしれません。悲劇や大きな苦難を生き延びた人は、自分だけが無事だったことに対して、「自分だけが助かったのは申し訳ない」と感じることがあります。このような「生存者の罪悪感」は 実際に存在するものです。暴力があふれ、自然災害や人為的な災害が絶えないこの世界で、クリスチャンはどのように応答すべきでしょうか。私たちが生き残ったのには、神様の目的があります。神様の力に信頼し、その使命を果たしていきましょう。飢えている人に食べ物を与え、必要な人に衣服を与え、孤独な人を訪ね、住む場所を失った人を助け、悲しむ人を愛しましょう。そして何より、イエス・キリストを紹介するのです。
聖書研究ガイド(個人研究用)
十字架の愛に応答する
約四千年前、神様はアブラムに大きな祝福を約束されました。なぜ神様はアブラムを祝福されたのでしょうか。それは、彼が多くの人々への祝福となるためでした。アブラムは「祝福されるために祝福された」のではなく、「祝福となるために祝福された」のです。さらに約二千年前、イエスさまは弟子たちに、自ら受けた恵みを惜しみなく分かち合うよう勧められました。「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量をよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」ルカによる福音書6章38節イエスさまがこの言葉を語られて以来、真の弟子たちはこの教えに従って生きようとしてきました。使徒パウロは、富を持つ者たちに対して、「善を行い、良い行いに富み、物惜しみせず、喜んで分け与えるように」(テモテへの手紙一6章18節)、と勧めています。
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十字架の愛に応答する
1555年、ラティマーとドリーは殉教者として眠りにつきました。ドリーが処刑される前の晩、友人の一人が「今夜ずっとそばにいて慰めたい」と申し出ました。しかしドリーは丁寧にその申し出を断り、こう言いました。「神様の御心であれば、私は今夜、これまでの人生で最も静かに眠るつもりです。」どうしてドリーは、すべてを失おうとしている時に、そのような平安を持つことができたのでしょうか。なぜ裕福で健康な人々の中に強い不安を抱える人がいる一方で、貧しい人々の中に深い心の平安を持つ人がいるのでしょうか。私たちは人生経験を重ねるにつれて、平安とは「問題がないこと」ではなく、「神様が共にいてくださること」だと理解するようになります。真の平安は、外側の状況によるのではなく、心の内側にあるものなのです。完全な健康が必要なのではありません。大きな富が必要なのでもありません。理想的な 人間関係が必要なのでもありません。私たちは神様を見いだす時に、真の平安を見いだすのです。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピの信徒への手紙 4章6、7節・新共同訳)
礼拝メッセージ
題:「世の終わり」(36分) 250927 説教者:藤田昌孝 聖書朗読:マタイによる福音書24章14節 瞑想の言葉:使徒行伝16章30、31節 「それから、ふたりを外に連れ出して言った、『先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか』。ふたりが言った、『主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます』。」 始めの讃美歌:希望の讃美歌128番 終わりの讃美歌:希望の讃美歌314節
礼拝メッセージ
題:「家に帰りたい」(31分) 250802 説教者:山地 悟 聖書朗読:詩編27編4節 瞑想の言葉:詩編27編8節(新共同訳) 「心よ、主はお前に言われる/『わたしの顔を尋ね求めよ』と。主よ、わたしは御顔を尋ね求めます。」 始めの讃美歌:希望の讃美歌14番 終わりの讃美歌:希望の讃美歌313番
礼拝メッセージ
題:「騒ぐことはない。まだ命がある」(32分) 240507 説教者:花田憲彦 聖書朗読:ペテロの第一の手紙5章8~11節 瞑想の言葉:E・G・ホワイト「レビュー・アンド・ヘラルド」1887年3月22日 「私たちはもはやサタンに惑わされたような状態にとどまっていてはなりません。私たちは恵みの時の終わりに急速に近づいています。神の前に自分がどんな状態であるか、だれもが問うてみなければなりません。いつキリストが私たちの名前を呼ばれるか、そしていつ私たちの裁きが最終的に決定されるか、私たちにはわかりません。どんな決定になるでしょうか。私たちは義人とともに数えられるでしょうか。それとも悪人とともに数えられるでしょうか。」 始めの讃美歌:希望の讃美歌111番 終わりの讃美歌:希望の賛美歌91番
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